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トップページ バラ知識Vol.1 > バラ知識 植物画家 ピエール=ジョセフ・ルドゥーテ
バラ知識 ルドゥーテ

バラ知識
ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ  Pierre-Joseph Redoute
(1759年7月10日 - 1840年6月20日)


バラを語るにおいて、どうしても欠かせない一人の画家がいます。その名はピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ、植物画家です。 南ネーデルラント出身のベルギーの画家で「花の画家」「バラの画家」として知られています。 ユリやバラなどの植物を描いた博物画を多く残しており、花のラファエロとまで言われています。

●植物画家ルドゥーテ
ピエール=ジョセフ・ルドゥーテ 南ネーデルラント出身のベルギーの画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ。15歳で独立した画家の一族出身のルドゥーテですが、最初の頃は建物の内装、人物の肖像画、宗教画などで生計を立てていました。1782年にパリでオランダ人ヘラルド・ファン・スバエドンク(1746-1822)と出会い、才能を認められ、王立植物園博物館で絵画技師としての仕事を始めることになりました。 彼はルイ16世王妃マリー・アントワネットに植物画を教えるなどの活躍をし、宮廷の収集室付素描家の称号の名誉を得ました。 さらに、博物館在職中、ルドゥーテはマチュア植物学者シャルル・ルイ・レリチエ・ド・ブリュテル(1746-1800)との出会いに恵まれます。彼は自著のために挿絵画家を探していました。そこで若きルドゥーテを発見。彼もまたルドゥーテの才能を見抜き、植物解剖学を伝授しました。ルドゥーテが科学的に植物を表現できるようになったのはレリチエのおかげなのでしょう。 こうして、ルドゥーテの描くバラは、植物画でありながら優美さをあわせもつ、つまり、花びらや葉や棘までをも正確に描く、“植物的な正確さ”と見るものの心を動かす、“芸術的完成度の高さ”の両方をあわせもつものであると言えるでしょう。このルドゥーテの描いたバラは描かれてから200年が経った今でも、その歴史を探る上での貴重な資料となり、室内装飾品や食器、日常品など多くのもののデザインに用いられています。


●バラとルドゥーテ
ルドゥーテフランス革命を経て、ナポレオン1世の皇后ジョゼフィーヌはパリ郊外マルメゾンの館にバラ園を営み、世界中から珍しい植物を育てていた。その記録役としてルドゥーテはマルメゾン宮殿のバラや他の植物の絵を描くことになった。 ルドゥーテはいくつかの植物図譜を著すが、その中でも『バラ図譜(Les Rose)』は最高傑作といわれる。『バラ図譜』は1817年から1824年にかけて全3巻に分けて出版される。『バラ図譜』には169種のバラが描かれている。 この『 バラ図譜』 が描かれた19世紀初頭は、バラ改良の歴史において非常に実り多き時代であった。それまで自然界の中でいつの間にか交雑され新しいバラが出現していたが、ルドゥーテが活躍していた時代には人為的な交配によって新しい品種を作ることが行なわれ始めたのです。ルドゥーテが描いたバラを見ることはバラの歴史を探るうえで貴重な資料にもなっているのです。


● ルドゥーテの画法
ルドゥーテ銅版画による多色刷り印刷を確立した人物と言われる場合もあるが、彼の作品はすべて手彩色による修正が施されている。
ジョセフィーヌによってコレクションされたバラをルドゥーテが描いた『バラ図譜』。1817年から1824年にかけて、30分冊で送り出されていきました。まずは5冊限定の大型フォリオ版として出版され、さらに小型フォリオ版としても出されていきました。当サイトのテーマとなる作品であり、後世まで語り継がれ、(形を変えて)刷り継がれ作品として世に残ることとなります。
銀板写真術が発明される以前に出版された美術本としては、その写実性と美しい印刷技術が高く評価されました。この図譜に登場するバラは、現在に続くオールドローズの基となりました。この図譜に収められた170種のなかには、現存しない種も数多くあり、この図譜のみにその姿を残しているものもあるのです。美術性、資料性のいずれからもたいへんな価値のある作品といえます。
●ボタニカル・アート(botanical art)について ※関連知識
  ボタニカル・アートの起源は、古代ギリシャにさかのぼる。薬草を用いた医学から本草学を生み、後の植物学に変遷する際、常に植物の特徴をとらえた植物画が存在した。キリスト教下の中世では、空想を加えた植物画、その後のルネサンス期には、細部にいたるまで精密に描かれている。16世紀半ばの『植物誌』は、植物の全体像を図版に納めたバランスに現実性がない図版が特徴的である。その後1501年イタリアに生まれたマティオリは、その植物の特異な部分をズームして描き細かい陰影を線状に表現している。又、細部の解剖図の登場は体系的な科学性を含んだ植物学への発展に寄与することとなった。16世紀の航海技術は、未知の植物をヨーロッパへもたらした。各国王家間で競って探検隊を派遣し新しい植物を学会に紹介するため植物画の需要が高まった。探検には画家が同行したり、採集し持ち帰った乾燥標本から復元画を描いたりした。ヨーロッパ各地で植物画は存在するが、当時財力で秀でるイギリスは特に植物画に貢献した。18世紀後半のイギリスの産業革命では市民に裕福層を広げ、植物愛好家が増えた。1787年には、王立キュー植物園の機関紙カーティス『ボタニカル・マガジン』の刊行、又イギリスで開発されたスティップル銅版画の技術は、海を越えフランスのルドゥーテによって開花された。当時の版画は、輪郭線を印刷した原画に手で彩色していたのだが、実際の植物にはない黒い輪郭線が色つきの点によって製版した技術は画期的であった。
 
【参考書籍】
『バラの誕生』 (中公新書)大場英章   『薔薇空間』(産経新聞社)


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